油症診断基準について
 カネミ油症は1968年に福岡県と長崎県を中心に西日本一帯で発生した食中毒事件で、ポリ塩化ビフェニール( PCB)が混入した食用の米ぬか油を食べた人たちが皮膚炎や内臓疾患等を訴えました。全国で 1万4千人以上が被害を届け出て、油症と認定された患者は1867名にのぼりました。後の研究で、油症の主な原因物質は、PCBと食用油に含まれていた PCBが加熱されて生成した微量の「ポリ塩化ジベンゾフラン(PCDF)」であることが判明しました。 PCDFは環境汚染物質として知られているダイオキシン類の仲間です。これらの原因物質は体内からの排泄が困難で、体内に長く残留する性質があり、被害者はいまもその症状に悩まされています。
従来の油症の診断基準(すなわちその人の症状が油症であるかどうか診断するための基準)のうち重要なものは 以下の表の通りでした。

1.ざ瘡様皮疹(皮膚症状のひとつ)
2.色素沈着(同上)
3.マイボーム腺分泌過多(眼科症状のひとつ)
4.血液PCBの性状および濃度の異常
5.血液PCQの濃度の異常 血中 PCQ濃度は以下のとおりとする.
1)0.1ppb以上:高い濃度
2)0.03−0.09ppb:(1)と(3)の境界領域濃度
3)0.02ppb(検出限界)以下:通常みられる濃度
 ここでppbとは「 10億分の1」を示す単位で、この場合ng/gと同じ意味です。ng(ナノグラム)とは 10億分の1グラムを指します。
 PCQはポリ塩化クアテルフェニルの略で、毒性はないものの、食中毒の原因となった食用油に多く含まれており、体内に長期間残留する性質のあることがわかっています。一方、PCDFは油症の主な原因物質でありながら、体内の残留量が極めて微量で正確な測定が技術的に困難であったため、診断基準に盛り込むことが見送られてきました。しかし近年になって、技術的な進歩と改良により、血液中の PCDFを精度よく検出し定量することができるようになりました。そこで 2001年の油症一斉検診を受診した福岡県内の 81名について、試験的に PCDFを含むダイオキシン類の血中濃度を調べました。さらに 02年度以降は全国の検診受診者に対象を広げ、02年度371名、03年度343名について血中ダイオキシン類濃度調査を行いました。
 これらの結果を受け、診断基準が 23年ぶりに改訂され( 2004年9月29日)、6項目めとして「血液2,3,4,7,8-pentachlorodibenzofuran(ペンタクロロジベンジフラン、 PeCDF)の濃度の異常」が追加されました。「2,3,4,7,8-PeCDF」は幾つかの PCDFのうち、最も患者の体内に特異的に残留が認められた物質です。
6.血液 2,3,4,7,8-pentachlorodibenzofuran
(PeCDF)の濃度の異常 血中 2,3,4,7,8-PeCDF濃度は以下のとおりとす る。
1)50 pg/g lipids以上:高い濃度
2)30 pg/g lipids以上, 50 pg/g lipids未満:やや高い濃度
3)30 pg/g lipids未満:通常みられる濃度また,年齢・性別についても勘案して考慮する。
 1pg/g lipidsとは血中脂質1グラムあたり1 pg(ピコグラム,1兆分の1グラム)の意味です。油症の発生から37年が経過した現在、患者の血中 PCB濃度は徐々に低下しており、健康な人との明確な区別は困難になりつつあります。患者の血中PCBレベルは高い人でも健常者に対し数倍程度ですが、残留性の高い PCDFは健常者に対して 10倍以上あるので、より明確に診断する指標になるものと考えられます。この6項目を加えた新しい診断基準により、 2004年11月に長崎県で 10名が認定されたのを皮切りに、福岡市などで8名が認定されました
Fukuoka Institute of Health and Environmental Sciences
福岡県保健環境研究所
092-921-9940
〒818-0135 福岡県太宰府市向佐野39
 現在、1週間に約20検体の血液からダイオキシン類を精製しています。その後、測定や解析に時間がかかります。特殊なガラス器具や試薬を用い、汚染を避けるため使い捨ての器具を用いることや、GCやMSなどの使用機器も高価でダイオキシン分析には多くの時間と人員、経費が必要です。
*ダイオキシン異性体:ダイオキシン類は塩素の数によってたくさんの種類の分子に分けることが出来きます。各々一つの種類の分子を異性体と呼びます。
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(1)PCBの基本骨格、(2)PCQの基本骨格、
(3)PCDFの基本骨格及び(4) 2,3,4,7,8-PeCDF
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油症検診受診者血液中のダイオキシン類分析
 ヒトの一般人の血液中のダイオキシン類の濃度はどの程度でしょうか?およそ脂肪1グラム当たり数十ピコグラムになります。1ピコグラムは1グラムの1兆分の1の単位です。たとえていうと東京ドームの中に1グラムのものを入れたものが1兆分の1の濃度になります。この様な超微量の分析を行うには超微量分析のための専用の機器が必要です。使用する試薬にも注意し、不純物をチェックした特別の試薬を用いています。また、今日ではダイオキシン類は環境中のあらゆる場所に存在しますので、専用のクリーンルームで分析する必要があります。そしてこれらを良い状態で維持するためには細心の注意が必要です。さらに、一般的なダイオキシン類の分析では50〜100 mlの血液が必要ですが、福岡県保健環境研究所で5 mlの血液でダイオキシン類の分析ができる方法を開発し、油症検診の患者さんへの負担を減らすように努めています。
 実際の分析方法を説明します。まず、血液からダイオキシン類を抽出します。その方法は血液を凍結乾燥して水分を除いた後に、高温、高圧(150℃、2000psi)の条件で抽出します。次に、抽出した液からダイオキシン類を精製します。濃硫酸を加え有機物を分解した後、薬品を詰めたカラム(ガラスの筒)を通して不純物を除きます。こうしてダイオキシン類を含む精製した液が完成します。そして、ダイオキシン類を測定します。精製液を約10 μl(100分の1 ml)に濃縮し、ガスクロマトグラフ(GC)という分析装置で分析します。GCでダイオキシン類は残りの不純物と分離されそれぞれのダイオキシン異性体*に分離されます。分離されたダイオキシンを質量分析計(MS)という検出装置で検出します。MSは微量の分子を検出することができる非常に感度の良い機器です。こうして測定したデータを使いコンピューターでダイオキシン類の濃度を計算します。検出されたデータが間違いないかどうか何度もチェックして、血液中のダイオキシン濃度を確定します。